一五里ヶ原の戦い


即詠

碑に倚りて 東禅寺の武勇を今に伝えききつつ                          葭 村 

即詠

城山は 大山町の裏山か 田園遥かに見納治めとし                      葭 村

天正16年8月(1588年)に本荘繁長率いる上杉勢と東禅寺率いる最上勢との戦いが起こりました。

この戦いが「十五里ヶ原の戦い」で山形県では最大の戦いでした。

十五里ヶ原古戦場は鶴岡市の西に位置し大山街道沿いの柳原地区に東禅寺右馬頭の墓と討死した将士達の首塚が残されています。

※最上方からの加勢した戦死者は8.823名で越後勢からの首級は800余名と言われる。(飽海郡誌)

※歴史的な資料は不明な部分もかなりあります。また資料によっては違いもあるので引用した資料名もできるだけ記載します。


「出羽お伽噺一五里ヶ原合戦」は明治45年5月5日に堀青山堂より発行になりました。著者は成澤直太朗。

著作権は切れていますので掲載することにしました。

※スライダーで表示していますが静止画像で拡大して見ることができます。